他の議論の感想
- 12話に関しての議論は各方面で行われてきました。
そのどれも、私は変な気分で眺めていたのです。
- まず、ストーリーの重要性について。
これは、前述の通りで、それ以上のものでは無いと思います。
秀作であったかどうか、これは「否」です。
しかし、このような「作品の出来」は、12話に関する一連の事件とどの様に関わるのでしょうか?
例えば、簡単に言うと、優れた人が犯した罪は軽くなると言いたいのでしょうか?ということです。
- 次に、責任の所在について。
これは、関わった人たちが全て納得の上で有れば、権利者ではない我々第3者がどうこう言う問題ではないと思います。
例えて言えば、法外な値段で売りつけられた商品であっても、買った方が満足していたとすれば、それを第3者がなんて言えばいいのでしょうか?
関わった人たちを片方の論理であれこれ言うのはあまり意味がないと感じています。
ですから、これらの決定は「くさい物にふた」といった言い方をすべきではないと思います。
- 時代が変わったとか、そういうレベルで論じるのもよくわかりません。
また、画像や音声に何らかの処理を加えて収録する、といった方法も、結局は「解禁が先にある」だけで、オリジナルを隠す行為には変わりがありません。
- 確かに程度の問題はあるでしょうし、違法コピーのプレミア化に拍車をかけるかもしれません。
しかし、それは主たる目的が全く違う意味になっていないでしょうか?
物語(ストーリー)の重要性で必要だった描写、または不幸な出来事だったことなどは、主張する第一ではなかったのですか?
「リリースされる」という行為だけを目的にすると、大切な部分の主張すらしない、と言うことになってしまいます。
それでいいのでしょうか?
- そうです。
「○○が悪いから(もしくは正しいから)××しよう」という結論は、もう既に出せない、と私は思うのです。
Last-modified: 2007-03-27 (火) 13:47:00 (JST) (6480d) by ゲスト