タワーに戻り快調に走っている春名を眼下に眺めながら、4時間経過時点のアナウンスを始めようとしていたときである。
一瞬目をプリントに移して、今春名が居るであろうコーナーに目をやるが、そこにマシンは居ない。慌てつつもマイクに向かってこの事実を喋っている。Zコーナーの2つ目あたりで止まっていたのである。
普通、Zコーナーの進入でのブレーキングミスはあり得るのだが、2つ目という事は減速後の切り返しの部分なのである。そんなところでミスをするはずがない。言葉では「スピンか?」とは言っているもののそれは可能性が低いのだ。
だとすれば、マシントラブルである。エンジンがついに逝ったか?様々なことを考えるが、春名はマシンを再始動して9コーナーに向かった。
「よかった」と思いながら「子供の前で張り切りすぎたのか?」などと冗談をマイクに乗せるが、頭の中では「そんなミスがあるのか?」とも考える。
しかし、春名は右コーナーの11番ヘアピンでマシンを止めた。これは、エンジンではなく、もっと深刻なトラブルなのだ。春名はコース上で手で大きくバツを表した。
すぐに、マシンを回収に向かわせる。何のトラブルなのかわからない。走って戻れないトラブルとは何だ?
戻ってきたマシンを見て、言葉を失った。ステアリング基部を両側から支えるフレーム部品が根元から綺麗に折れていたのである。
春名が走行中に気にしていた左足の下は、アンダーステアが徐々に酷くなっていった原因をタイロッドの曲がりだと思っていたからだったのだ。
初めて、リタイアの言葉が脳裏をよぎった。
チームの誰もが言葉を失う。それは、頭では判っている「リタイア」という言葉を拒否しているからである。まだ4時間も残っているからなのだ。
意を決して口を開く。
「ここで、無理に直そうと思っても、可能性は全く判らない。このまま放って置いて、チェッカーは押して受けることもできる。リタイアという方法もある。どうする?」
その時、誰かが言った。「直そうよ」
それからの行動は早かった。皆がアイディアを出し合う。
接着は無理。テーピングも無理。
鉄板を添え木状態でボルト止めは?細すぎて無理だろう。
その時、閃いた。この内径に合う何かを突っ込んでお互いを接ぎ木状態にしたらどうだろうか?
次の瞬間、各人が思い思いの場所に散ってその「何か」を探し始める。
内径がダメなら外径を合わせて、外側から押さえるのはどうだ?
マシンを整備していたピット、ガレージ、工具箱、杉山所有のパーツなど、ありとあらゆる物を試してみる。
そして、ついに見つけた。カート用のペダルが内径に合う。
グラインダーで切断しようとするが、思ったより硬い。やっと、2本の金属棒を切り出し、合わせてみる。少し緩いようだったので、ビニールテープを巻き付け、ハンマーで叩き込む。なんとか繋がった。
しかし、このままでは、ステア操作中に手前に抜けてくる可能性がある。ステア基部の固定ボルトの両側にワイヤーを咬ませ、フレーム前部に引っ張り締め付ける。張りが足りないようなので、真ん中をタイラップで締め付ける。一応これでなんとか、ステアできるようになった。
既にチーム全員の目標は、最後まで「走れる状態でコースに居ること」となっていた。
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